大判例

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東京高等裁判所 平成2年(う)10号 判決

被告人 白土光一

〔抄 録〕

そこで、原審記録を調査して検討すると、被告人が平成元年五月二三日に滝野川警察署に出頭するに至るまでの状況、出頭した際に警察官らに対し本件交通事故に関して申告ないし申し述べた内容等は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で認定説示しているとおりと認められる。すなわち、被告人が滝野川警察署に出頭した際、警察において本件業務上過失致死及び道路交通法違反の犯罪事実の発生したことを知っていたことはいうまでもなく、犯人に関しても、現場に遺留されていた自動車部品などから本件加害自動車自体についてはこれを特定するに至り、前日の五月二二日に被告人の勤務先会社から右自動車の任意提出を受けて領置していたが、被告人が本件に際し右自動車を使用していたことすなわち被告人が犯人であることまでは認知するに至っていなかったものと認められ、また、被告人がその際警察官らに対し、「車に乗り帰宅中田端四丁目の広い通りにて時速五〇キロ位でセンターよりを走行中黒い物体が飛んで来たので右にハンドルを切った所衝突しました。もし黒い物体が何だか人の様に見えたか知れませんが左にハンドルを切り突き当りを右折でその場を立ち去り帰宅致しました」などと申し述べ、右内容の上申書を作成したことも明らかである。

ところで、原判決においては、右事実を前提として、被告人が捜査機関に対し交通事故の責任やひき逃げの犯意を認めたうえ、自己の犯罪事実を明瞭に申告してその処分をゆだねたものとまでは認められないから、結局自首に当たらないとの判断を示していることは、所論指摘のとおりである。たしかに、刑法四二条一項に定める自首とは、犯人が自発的に捜査機関に対し自己の犯罪事実を告げ、その処分を求める意思表示をすることをいい、捜査機関に対する申告の内容が犯罪事実の一部をことさらに隠したものであったり、自己の責任を否定しようとするものであるときは、自首に当たらない。本件において被告人の申告した内容は、右のとおりであって、自分が自動車を運転中に通行人と衝突する事故を起こしたことやその際自動車を止めることなくその場から逃げ去ったことを述べ、また、上申書の記載においても「今考えるとあの時の黒い物がお子様であり私も同じ年頃の子供を持つ身であり本人ご両親に死んでおわびしたい気持で一ぱいです」などと、自己に対する処分を求める趣旨であることを明らかにしているが、業務上過失致死罪や救護義務違反・報告義務違反の罪の構成要件に照らすと、申告内容がやや簡略に過ぎ、その全部にわたって細かく述べたものではなく、とりわけ衝突時の状況については「黒い物体が飛んで来たので、右にハンドルをきったが、これに衝突した」などと述べるに留まり、その際脇見運転をしていたなどと自己の過失内容まで具体的かつ詳細に述べたものではない。そして、自首が成立するには、犯人が自己の犯罪事実に関し法律上の犯罪成立要件全てにわたりその細部まで申告しなければならないものと考えれば、被告人の申告内容では未だ足りず、自首の成立を認めることはできないこととなる。しかし、犯人の申告にそこまで細かい内容を求めることは、犯人が法律知識等にはさほど通じていないのが一般であることや、犯人が自ら進んで述べるものであることなどに加え、自首を任意的な減軽事由とした趣旨が一面において捜査及び処罰を容易ならしめるということ、すなわち捜査機関にできるだけ早く真正の犯人を認知させるということにあることにも照らし、自首しようとする者に対し厳格に過ぎることとなるおそれもある。いいかえると、申告の内容が概括的なものであっても、当該事件の具体的内容、事案の性質、その際における捜査の進展状況などと合わせて、捜査機関にとり、犯人の述べたことが全体としてその者の犯罪事実を申告し、かつ、訴追等の処分を求める趣意のものと受け取れるものであるならば、自首の成立を認めてよいと解される。そして、本件においても、被告人の申告内容は右のようにやや簡略なものであるとはいえ、捜査機関にとって犯罪事実そのものについてはそのほとんどが明らかになっていた状況にあり、かつ、被告人が処分を求める意思表示をしていると認められることも前記のとおりであるうえ、なお申告当日司法警察員が作成した被告人の供述調書(被告人が滝野川警察署に出頭したときから約六時間半経って作成されたものであるが、「自首調書」と表題が付されている)には脇見運転であること等過失内容なども記載されていることを合わせ考えれば、被告人の申告内容が自己の犯罪事実を申し述べたものと認めることも可能と考えられる。すなわち、自首の成立については、所論主張のとおりこれを肯定することもあながち許されないものではないということができる。

(船田 松本 秋山)

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